デンマークの6月、湿気とは無縁の爽やかな気候を迎え、北欧独特の優しい光が朝早くから深夜近くまで満喫できます。郊外では、夏の到来を感じる芥子の花が艶やかに咲いています。

 

 

デンマークでは、精神的、身体的な理由で一般の教育を受けることが難しい16歳から25歳の若者に向けて、「STU」という国家教育制度が用意されています。近い将来、自立した暮らしを営むことを目標にした教育制度です。STUとして認可されている施設には、一般的な授業を行う学校だけではなく、作業や実習に特化した施設もあります。

 

 

「グレネスミネ」は、教育や就労に特別支援が必要な若者を援助する企業です。「STU」制度にも対応し、①厨房、②ベーカリー、③園芸、④鍛冶・木工房、⑤グリーンサービス、⑥コペンハーゲンドーム、⑦動物飼育、⑧ピットストップという8部署が設けられ、職員や仲間と行う仕事を通じて、人生を豊かに暮らすための知恵や技術を習得し社会性を培うプログラムを用意しています。一週間の時間割には仕事ばかりではなく、体操の時間や、日々の生活に必要な掃除や料理などの家事一般や計算、読解、衛生管理、性教育などの授業も用意され、安定した生活リズムを築くことが最優先されています。

 

 

「グレネスミネ」のSTU施設としての特徴は、身体を使う仕事を幅広く設けていること、パンや野菜の購買やイベントに訪れる一般の人々とふれ合う機会が多いことです。自分が担当する仕事が商品に結びつく体験や人の役に立っているという実感なども、自己肯定感を高める役割を果たしています。

これまでの連載では、ベーカリー、厨房、動物飼育、グリーンサービスの各部門を紹介してきましたが、今回は園芸部の活動をご紹介します。

 

 

「グレネスミネ」ではオーガニックとサステイナブルを企業理念に取り入れているため、園芸部の生産物もすべてオーガニックで、サステナブル活動の一環として「バイオダイバーシティ」と呼ばれる地球上の生物の多様性と生態系を重視した多種多様な品種の栽培や生産を心がけています。また、できるだけ廃棄物を減らそうとする活動「ゼロウェイスト」の考えも取り入れ、循環型の肥料や堆肥を取り入れています。肥料は、近くの乗馬学校から仕入れた馬糞を使い、堆肥は、収穫物の葉や根、敷地の落ち葉や小枝などの有機物を微生物の働きを活用して発酵・分解させて土に還しています。

 

 

園芸部では、園芸師が3名働いています。広大な敷地の大半を占める畑と温室での仕事が多種多様に渡るので、その活動を管理するために長期的な計画を立て、資材などを手配するのがコーアさんの役目です。屋外の仕事の主任はラッセさん、屋内の仕事の主任がアンネッテさんです。STU制度では主任一人あたり6名の若者を担当できるので、園芸部では12名までの受け入れが可能ですが、現在は8名の若者が働いています。

 

 

園芸部ではSTU対象の若者だけではなく、ストレス障害などで休職せざるを得なくなった人の社会復帰プログラムにも対応しており、植物とふれあい、育てることで心を癒し、将来的な社会への参加を目標とした支援を行っています。

 

STU対象の若者やストレス障害を持つ社会人にとっての仕事は教育の一環や心の癒しが目的なので、基本の勤務時間は平日のみ8:30から13:30と決められており、定期的な生活リズムでの安定感が重視されます。また、仕事も精神的負担を極力避けることを優先し、自分と向き合う時間が必要な人には一人で植物と向き合える時間が中心となるような仕事や、担当植物の種植えから販売の準備が整うまでの一環作業を配分する配慮がされています。STUの視点からの園芸部は年間を通じたサイクルで働く環境なので、毎日決まった時間の納期があるベーカリーや厨房の気忙しさがなく、動物飼育のように動物のテンポに合わす必要もなく、自分のペースで課題と向き合うことができ、植物に向き合う時間で心を整えるという特徴があるように感じました。

 

 

一方、園芸には、平日だけではなく週末も手入れを要し、繁忙期には夕方遅くまで仕事や夜間の仕事が発生します。仕事の中核は、3名の園芸師がローテーションを組み、夏半期には園芸学校から実習生4名を受け入れて、労働力を上げています。冬半期の閑散期には、夏半期の片付けとともに堆肥の管理や来期への準備などを行います。

 

 

高緯度に位置し、日照量に限りがある北欧の国デンマークでの露地野菜の生産は、温室で育てた苗を土に植え替える5月から霜が下りる10月下旬までの半年に限られます。玉ねぎ、長ねぎ、にんにくなどのネギ類、ケール、キャベツ、芽キャベツなど多種のキャベツ類、ズッキーニやかぼちゃなどを育てています。いちごは温室ではなく畑で育て、丸すぐり、黒すぐり、赤すぐりといったすぐり類もデンマークの気候に適しているので露地で栽培します。大きな堆肥置き場や養蜂場もあります。「グレネスミネ」では育てているさまざまな花は、ミツバチへの花蜜を確保にも使われています。近年、注目されているエディブルフラワー(食用花)も豊富な品揃えです。一般的に入手が難しいオーガニックのエディブルフラワーは希少価値が高く、一般消費者だけではなく、北欧キュイジーヌを提供するレストランやフラワーショップのオーナーも仕入れに足繁く通っています。

 

 

ハウス栽培には環境保護を目的とした省エネルギー対策が重要ですが、「グレネスミネ」では、作業台にテープ状の電気ヒーターを設置した局所加温で育苗時の加温に対応し、温室全体の暖房を最小限に抑える対策をとっています。局所加温では、多様な作物への加温が微調整しやすく、使用エネルギーを削減しながら安定した収量を得ることができることがメリットです。

 

 

「グレネスミネ」ではハーブやエディブルフラワー、観葉植物を2棟のビニールハウスで育てており、うち1棟には販売コーナーを設けています。「グレネスミネ」での露地栽培で使う苗を育てるだけではなく、家庭菜園での仕事を気軽に始めたい人へ向けて販売する苗も育てています。3棟あるビニールハウスのうちの1棟は、訪問客が自ら収穫できるように作られており、夏に収穫できるトマトときゅうりを栽培しています。畑に縁のない人が多い首都圏内でも安心感の高いオーガニック野菜の収穫を気軽に体験してもらいたいという趣旨です。畑での生産物も同様ですが、収穫時期がきたらSNSで告知し、首を長くして待っている一般消費者が駆けつけるという流れを作っています。今は、とてもおいしいきゅうりが収穫でき、7月になるとトマト狩りが楽しめます。

 

 

 

グレネスミネでの露地栽培は、7月初旬からにんにくの収穫が皮切りに収穫の季節を迎えます。デンマークの初夏を象徴するいちごは、訪問客それぞれが畑で収穫できるため、週末には小さな子どもを連れた家族で賑わいます。畑でのいちご狩りは初夏の風物詩ともなっています。

 

夏の間、順次、収穫を迎えるベリーや野菜の手入れで、畑もハウスも一年で最も忙しい時期を迎えています。

 

註)「ピットストップ」とは、本来、カーレース中に給油や修理のためピットに停車することを指しますが、グレネスミネでは、人生を進んで行く上での、ほんの少しの休憩所のような役割を持つ部署の名前として使っています。他の人よりも多くの特別支援が必要な若者が、必要とする支援を受けながら、次の課題に取り組む力が生まれるまでの期間を過ごすのがこの部署の役割です。

<謝辞> この記事の執筆にあたり、グレネスミネ広報部、園芸部のご了解とご協力を賜りました。ここに感謝の意を表します。

写真協力: Jan Oster

執筆:くらもとさちこ

広島県出身。デンマーク人の夫、ティーンエイジャーの息子と三人で、コペンハーゲンで暮らす。

30年に及ぶデンマークでの暮らしを営むとともに、幅広い文献にも目を通し、北欧の食文化と「ヒュッゲ」への造詣を深める。デンマークの高等教育機関でも健康と栄養の学位を取得。20年近く食分野を中心にデンマークと日本の文化を紹介する企画や執筆に携わっている。2020年4月には誠文堂新光社から出版された「北欧料理大全」で翻訳と編集を担当。自身のホームページwww.kuramoto.dkとインスタグラム@sachikokuramoto.dkでは、折々のデンマークの食べごとやライフスタイルを発信している。