デンマークにも遅い春がゆっくりと近づいています。ミラベルや桜の花が咲き、木々も少しずつ芽吹きます。この時期、木々で囀る小鳥の声は、特に透き通って聞こえる気がします。

 

 

「グレネスミネ」注1は、教育や就労に特別支援が必要な若者が将来的に意義ある暮らしが営めるよう援助する活動を行なっている「ソーシャルエコノミー」企業です。これまで35年間に渡り特別支援を必要とする若者や社会人を支援してきました。現在は90名の若者が「グレネスミネ」の活動に参加しています。

 

 

デンマークの「ソーシャルエコノミー」企業は、国の認定で正式登録された民間企業で、企業の活動と収益を通じて、特定の社会的目的を促進するために事業を行います。「グレネスミネ」では、①厨房、②ベーカリー、③園芸、④鍛冶・木工房、⑤グリーンサービス、⑥コペンハーゲンドームの6部署が登録されています。

 

 

 

 

「グレネスミネ」では上記6部署の活動の他に、「動物飼育」と「ピットストップ」注2と呼ばれる部署を追加した合計8部署で日常的な活動を行なっています。「グレネスミネ」を利用する人々は、この8部署のいずれかに所属し、特別支援に理解ある主任の元、仲間と一緒に働き、自分と向き合い、これからの人生を豊かに暮らすための知恵や技術を習得していきます。

 

今回は、「動物飼育」というグループの活動に焦点をあてて、ご紹介したいと思います。

「動物飼育」では、グレネスミネで飼っている動物の世話が主な仕事です。えさの準備や毛並みや蹄の手入れ、飼育小屋の掃除、適度な運動など、さまざまな種類の世話があります。それに付加する形で、見学客を対象にして、飼っている動物を紹介したり、安全に動物と関わるお手伝いをしたりなどの仕事も行なっています。その他、車に乗せることができる動物を連れて、老人ホームなどを訪問する活動を年に何度か行なっています。

 

 

 

動物と触れ合うことによる癒しの効果は、学術的な検証が世界的に進められているようですが、グレネスミネからの出張訪問では、動物と触れ合うことで、これまで無表情で何年も口を聞かなかった老人ホームの利用者が、笑顔を取り戻したり、言葉を発したりすることができるようになったなどの事例が何件もあるのだそうです。老人ホームを訪ねる若者たちも、動物を介したふれあいで誰かのために役に立つことが経験できるため、双方にとって実りの多い活動となっています。

 

 

 

また、動物との触れ合いは精神的な鎮静効果や自己効力感の向上を得ることができるため、特別支援施設では動物が飼われていることが多いようですが、グレネスミネで動物飼育を担当している若者たちも、穏やかで愛情に満ちた表情や仕草で仕事に取り組んでいます。

 

動物飼育部には、マリアさんとラースさんという二人の主任がいます。マリアさんは動物飼育が専門なので、動物の飼育に関する計画や指導を担当しています。ラースさんは「支援士」で、野外での活動を介した支援が専門です。「支援士」は「ペダゴー」と呼ばれ、幼児を対象にした保育、学校での授業や放課後活動の支援、成人向け教育の支援、シニア介護支援など、人生のさまざまなステージで支援を必要とする人々に寄り添い、多岐に渡ってお手伝いを行う職業です。ラースさんは、かつて、仕事のストレスから心を患い、「グレネスミネ」で園芸に携わりながら治癒した経歴があることから「グレネスミネ」を利用する若者への理解は深く、専門である自然の中での活動を通じた健やかな精神を築く支援を活かした仕事にやり甲斐を感じています。

 

 

動物飼育部が先に紹介したベーカリー部や厨房部と異なる点は、毎日、決まった時間に変動的な内容の注文数の商品を仕上がるというノルマがないこと、そして、活動の大半は天候に左右されることなく屋外で行われること、活動の対象が生き物だという点です。主任との接し方も、動物飼育部の主任は「職人」ではないので、若者が職人を手伝うのではなく、若者の仕事を主任が手伝う形です。これもベーカリー部や厨房部と異なる点ですね。それぞれの興味の対象や向き不向きに合わせて、異なる形態の仕事に挑戦できることは、グレネスミネの大きな特徴です。

 

 

 

動物飼育部の始業は8:30です。皆がいつも集合する部屋に集まり、馬、ロバ、アルパカ、山羊、羊、豚、うさぎ、小動物(モルモット、亀、猫、熱帯魚)、鳥類(あひる、鶏)と、「グレネスミネ」で飼育している動物が書き出されたボードに、それぞれの希望を大切にしながら、その日の担当を書き込んでいきます。その日の予定などを確認した後、それぞれの仕事に就きます。10:00 – 10:30の小休憩と昼食を含む12:00 – 13:00の休憩でリフレッシュしながら2時まで仕事に向かいます。昼食には、厨房部から作りたての食事が届きます。

 

 

 

取材日には、昼食の後の30分の休憩時間を利用して、動物飼育部に所属する男の子がホモ・サピエンスについての講演を行いました。自閉症の彼は講演が得意で、折々、自分で決めたテーマに基づいた講演を行なっています。わかりやすく興味深い内容でした。

 

心を患っている女の子は、グレネスミネは今の自分を受け入れてくれる場所なのだと話してくれました。最近は気分のよい日が多く、動物の世話をすることで、今の自分と素直に向き合え、自分を受け入れることができるとも言っていました。

 

グレネスミネは収穫祭やクリスマスなどのイベント時に一般公開されますが、それ以外の時期は、有料で見学案内が依頼できるシステムになっています。動物飼育の見学は特に人気があり、主任も同行しますが、実際に動物を紹介したり、動物に触れるお手伝いをするのは、動物飼育部に所属する若者たちです。

 

 

取材日には、特別支援学校の4年生10余名が見学に来ていました。一時間のコースで、イベント会場「コペンハーゲン・ドーム」を起点に、園芸部と動物飼育部の活動を見学しました。

 

今回の見学では、園芸や動物飼育という仕事の内容はもちろんですが、特別支援学校の児童が学校を卒業したら、このようなところで働く方法もあるのだという理解を示唆する視野が目的に入っているように感じました。「こんな面白い学校があるんだ!」「今もこんな学校だったらいいなぁ!」という感嘆を何度も耳にしました。

 

取材当日の子どもたちは、ポニーの綱を500メートルくらい引かせてもらえることになり、突然の課題を真剣な顔でこなしていました。ポニーの世話が大好きな女の子は、いつも担当しているポニーの綱を引く仕事を渡すのが惜しいようにも見受けられましたが、綱を引く子どもたちの隣で丁寧にどのように綱を引けばよいか丁寧に教えました。

 

有料見学は、特別支援を必要とする若者への支援に繋がるばかりではなく、毎日携わっている仕事を紹介するという仕事を介して、特別支援を必要とする若者に勇気と自信を与える素晴らしい機会になっています。取材当日、見学の子ども達に同行させてもらったのですが、その時の若者たちの動物や見学者に向けた優しい表情や動物が愛おしくてたまらない仕草は、強く印象に残っています。

 

 

注1)「グレネスミネ」とは、デンマーク語で「グレネスを偲ぶ」という意味です。「グレネス」は、1969年に「平等」という全国組織を創設し、特別な支援を必要とする人々のために活動したインガ・アグネテ・グレネスという女性を指しています。この全国組織は現在も特別な支援を必要とする人々に関する支援活動や啓蒙活動を展開しており、「グレネスミネ」も特別支援学校などと並んで、この団体に所属しています。

注2)「ピットストップ」とは、本来、カーレース中に給油や修理のためピットに停車することを指しますが、グレネスミネでは、人生を進んで行く上での、ほんの少しの休憩所のような役割を持つ部署の名前として使っています。他の人よりも多くの特別支援が必要な若者が、必要とする支援を受けながら、次の課題に取り組む力が生まれるまでの期間を過ごすのがこの部署の役割です。

<謝辞> この記事の執筆にあたり、グレネスミネ広報部のご了解とご協力を賜りました。ここに感謝の意を表します。

写真協力: Jan Oster

 

執筆:くらもとさちこ

広島県出身。デンマーク人の夫、ティーンエイジャーの息子と三人で、コペンハーゲンで暮らす。30年に及ぶデンマークでの暮らしを営むとともに、幅広い文献にも目を通し、北欧の食文化と「ヒュッゲ」への造詣を深める。デンマークの高等教育機関でも健康と栄養の学位を取得。20年近く食分野を中心にデンマークと日本の文化を紹介する企画や執筆に携わっている。2020年4月には誠文堂新光社から出版された「北欧料理大全」で翻訳と編集を担当。自身のホームページwww.kuramoto.dkとインスタグラム@sachikokuramoto.dkでは、折々のデンマークの食べごとやライフスタイルを発信している。